プラハ・ウィーン・ブダペスト2015(68)ゲッレールト温泉から王宮の丘へ

ちょうどこの日から数日間だけの運休

お昼12時。ホテルに預けていた荷物を持って、ダヌビウス ホテル ゲッレールトのすぐ前の乗り場からトラムに乗って、くさり橋のたもとのクラーク・アーダム広場(Clark Adam ter)まで行き、そこから16番バスで王宮の丘へ行くつもりでした。

ところが、この日は道路工事でトラムが運休(@@)

しかたなくクラーク・アーダム広場まで歩きました

途中、ルダーシュ温泉が見えました

ここはゲッレールトの丘のふもとにあるオスマントルコ統治期の1566年に作られたトルコ式浴場です。以前は男性専用だったそうですが、今は火曜日だけ女性専用となっています。

また、その先にはイタリア人のキリスト教伝道師「聖ゲッレールトのモニュメント」も見えました。

それから、なぜかエルジェーベト橋では
橋桁に「極」の文字(・・?)

意外な発見もあったりして歩くのもけっこう楽しいじゃないかと思っていたら、

猛スピードの自転車に追い抜かれました

ハンガリーでは歩道の半分が自転車用なので気をつけなくてはいけません。私も、たびたび接触しそうになりました。

そろそろ王宮が見えてきました

楽団が演奏している音色が聞こえます

そして12時20分、
クラーク・アーダム広場のバス停に到着

ここからは上り坂なので、さすがに徒歩はあきらめて、16番バスに乗りました。

このバスはスリが多いことで有名

乗車の際は、十分、注意が必要です。この日はお昼時だったせいか、小さなマイクロバスはぎゅうぎゅう詰め。身動きが取れず、スリに遭ったらと気が焦ってしまい、

一つ手前で下車してしまいました…(~~)

緩やかな坂を登ること3分

ここが下車するはずだった
三位一体広場のバス停「Szentharomsag ter」

すぐ前に見えているのは
マチューシャ教会とペスト終焉の記念碑です

13世紀にロマネスク様式として建てられたこの教会は、14世紀にゴシック様式で建て直され、15世紀に塔が増築されました。そして、16世紀にオスマントルコに占領された際はモスクとして利用され、17世紀にカソリック教会へ戻ったあとはファサードがバロック様式に建て替えられるという

歴史の波に翻弄されてきた教会です

また、ハプスブルクのエリザベート皇妃がフランス・ヨーゼフ一世とここで戴冠式を行ったそうで、この日も結婚式が行われていました。




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【2016/03/29 20:04 】 | プラハ・ウィーン・ブダペスト2015 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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